アフターハロウィンオブザデッド
意図せず漏れた溜息に、傍らのその人が顔を上げた。
心配げにのぞき込んでくる父親の顔を見ると、ユゥは笑って手を振った。
「なんでもないよ、パパ」
それを聞くとあっさり身を引いて帰り支度を始めるのが、娘からすればいいところでありわるいところであった。だって、ちょっとくらいしつこく気にしてほしいときもある。
すこしばかり短くなった上着に袖を通したユゥをベルの腕が抱え上げ、人のごったがえすカフェをあとにする。道も壁もハロウィンの飾りがされて賑やかだ。
アンデッド化された兵士がうろついているのは前線ばかりで、一般の人の生活には未だこんな催しが残っているわけだ。もっと大きなシェルターや争いに縁の無いところになると、100年代以前のように町全体でお祭り騒ぎしている。クリスマスやハロウィンの時期には、ちょうどそうやってお祭り騒ぎしているような町に寄るのが常であった。もっとも、娘が楽しめるようにベルが狙ってやっているのか、偶然そうなるのかはさだかではない。
トリック・オア・トリートのかけ声で通りはさわがしい。ベルとユゥはここらで引き上げだが、町の子どもたちにしてみたらお楽しみはこれから、そんな時間だ。
歩き出そうとしたベルの足が幾ばくもせずに止まった。相手も、どうやら道の先で彼の姿をとらえたらしく。
列になって歩き回っている子どもたちの向こうから、
「旦那! やっぱ旦那だ、ひさしぶり!」
外見に合わぬ無邪気な笑顔が、やや大げさな動きで手をふっていた。
駆け寄ったショゥラは、頭をなでにきた手を器用によけて立つ。ベルの眼帯に目が行ったようだが、抱えた娘のほうを見るとなにか察した様子で唇をとがらせた。
「よう。元気だった?」
「うん」
「どっか泊まってる?」
それにはベルがかぶりを振った。ショゥラの肩越しに、駐めたバギーを指さしてみせる。いつもはユゥ一人が乗る後部座席も、今はもらい物のお菓子でそれなりに賑わっている。
「こんな夜に? あー、旦那、今はやめたほうがいいってそれ」
「どうして?」
「どうしてじゃないだろ。ハロウィンだぞ」
ユゥに対しいささか大げさに両手を上げて「悪いオバケに食われちまうだろ?」
きょととそれを見下ろした少女は、一拍おいて笑い出す。
「パパ強いもん、大丈夫だよ」
「そうかよ」
一方で、つまらなさそうな顔をしてみせる青年であった。居心地悪そうに対戦車ライフルを背負い直す彼を見下ろして、ベルは指をあげてぐるりとあたりを示す。それに気づくと「ああ、俺らも近くの基地で仕事だ。よかったら泊まってかないか?」
向こうなんだ、と町の東側を指さしてみせる。
「先輩がやたらかまってくるからうるさくてさ」
* *
基地といっていたが、駐屯地ではなくどうやらホテルを一階貸し切っているらしかった。物珍しげにしているベルを伴ってショゥラがカウンターでチェックインを済ませ、階段を上がる。相部屋になるが勘弁してくれとのことだが、もともと同じ職場の者だからそう不具合もなかろう。
眠たげなユゥの手を引いて歩く。部屋を目指す間、ベルの横ではショゥラが「先輩」スーのいけすかないところをあげつらっては愚痴を吐いているのだった。
いわく攻撃の仕方がひとりよがりだと文句を言われる。
いわく指揮の仕方がなっていないとしかられる。
いわく言葉遣いを正せとしつこい。
「だいたい格闘でも俺のほうが勝つんだぜ最近は。よく言うよなガミガミと……あ、ここな?」
言いながら開いた部屋の扉を、彼は丁寧に閉めなおした。
ややもせずもう一度内側から開かれた扉の向こうに、これも久々に見る東洋人の顔があった。
「久々に元気よくしゃべっていると思ったが、なるほどな」
「あ、旦那また明日ね」
「なに遠慮するな休んでいけ、哨戒ご苦労だった」
逃げようとする後輩の首根をつかんで室内に放り込むと、スーは眠たげなユゥを手招いて中へ入れ、最後にベルを見上げた。
「久しいな」
眼前で男の死体はさも生前そうしていたように、へらと相好を崩してみせるのだった。
質素な室内である。
ここはどの部屋も似たようなものだ、とはスーの言だ。扉で区切られた先にベッド、低いテーブルと簡素なソファ。シャワーもあるらしいが、どこも同じで水はあまり出ないという。ショゥラはさんざん説教された後のふてくされた表情を隠しもせずテーブルに肘をついていた。ベルがなだめようとするのもあまり効果はないらしく。
ユゥは久々に会ったシンの顔に安心しきって、スーの膝に頭を乗せたまま眠ってしまった。その髪を愛しげに梳いているのがシンなのかスーなのかはこの場の誰に知られる由もない。
「どのあたりを回ってきたんだね」
ようやく話題を切り替えたスーに、ベルは懐から地図を出してぐるりと北米のあたりを指さした。うまいこと紛争地域を避けるルートである。
「紙の地図? 衛星地図使やいいのに」
ショゥラの指摘には、残念そうな表情を作って肩をおとしてみせる。ベルのジェスチャーにスーが、
「あいにくと、ジャミングがひどくて役に立たないんだよ」
特に民間のものは、と付け足す。
「ふうん。じゃ、紛争地域はどうやって避けてきたんだ?」
「なんだって使えるさ。ニュースも人の噂もある」
「アナログだな」
「ハイテクが行き過ぎて逆に使えんのでな」
何をしたとか何を見た、という話題を誰もベルには求めない。彼にものを言う口はない。その役をよろこんで買って出るであろう娘は、すっかり疲れて寝入っている。
そういえば、と切り出したのはスーであった。
「上着がいくらか小さくなっているように見えるが、何年同じものを着回しているんだ?」
聞かれた方は、指を三つばかり折り曲げ、ややあって、非難の色が混じった視線に気がついた。
「ベル。ユゥは小さくても娘だろう?」
あ、と声が聞こえてきそうな顔を見て、大きく溜息をつく。すやすや寝息を立てている姪――おそらくはそういう関係になるものと思う――を抱いて立ち上がる。
心当たりのありそうな相手の表情から察するに、ユゥのほうでも控えめに意思表示くらいはしたのかもしれない。スーのあずかり知るところではないが。
明日にでも新しいのを買ってやれよと言い残して寝室のほうへ引っ込む背中を険しい顔で見送り、ショゥラはうなだれたベルの顔をのぞきこんだ。
「大丈夫かー? 気にすんなよ」
しゅんとした様子でうなずき、それから思い出したようにテーブルを指で叩く。
察するのが得意でないショゥラはその仕草にしばらく首をかしげ、ややあって「ああ」と手をたたいた。
「なんてことじゃないんだ。でかい仕事とか戦争なら子連れの旦那をここに連れてきたりしねえって」
いわく、「墓から死体が盗まれる」のだという。この町に限らず様々な地域で起こっている小さな異変だ。ここでは彼とスーと、他十名程度の隊員で墓や町を見回って様子を見ているという。
「冗談じゃねえよな。戦争屋に墓守のまねごとなんて」
不満げな口調。ドイルと一緒の仕事でないのも彼には不服であったかもしれない。
ベルは、少し考えてから、先にショゥラがやったように両手をあげて大げさに襲いかかるポーズをとる。
「ああ、そうそう、それ。ハロウィンな、それだけじゃなかったんだ」
まあ、ただのゾンビなら束になってきたって蹴散らしそうだけど。そう付け加えると、ベルは笑い顔で手をふった。
なんら以前と変わらないようで、やはり全然違うようで、ショゥラはいたたまれなくなってそちらから目をそらす。
父親か。
いつもそばにいてくれる父親。
とりとめのない考えは底冷えする空気に散らされて長いことはとどまらない。窓の外には、町の明かり、飾られた建物や街灯の向こうに一段暗く広がる墓地がある。
「旦那はさ――」
「ユーレイって見たことあるか?」
* *
セーフは唐突な質問に少し眉を寄せ「何を言い出すんですか?」と冷たく切り返した。
「そんな真顔になんなくたっていいだろ。もののたとえってやつだ」
ドイルはしらけた顔の弟分を見下ろして頭をかいた。腕組みしたままなにか考えていたらしいセーフは、ゆっくりとかぶりを振る。
「ありませんね」
第一、アンデッドがこうしてうろうろしているのになんだって幽霊なんて見るのだ。彼が言いたいこともわかる。
セーフは培養槽を医療用のパーツを保存するために作り替えたらしい、周囲にはやれ心臓だ目玉だと臓器をため込んだ水槽が林立している。
わざわざ棄てられた二十二番要塞まで単独で訪れたのだから、ドイルにはもっと別な調べ物があるにちがいない。セーフが次の言葉を待っているのに気がついて、彼は「アンデッドばかりが見るんだよ」そう続けた。
「アンデッドが? 幽霊を?」
「そうだ。妙だろ」
「仮に見えたとしてどう問題なんです?」
あー、と間延びした声が降ってくる。セーフは天井まで届く本棚の列へ歩いて行き、目当ての本を手にとってまた戻ってくる。
「見た奴らだがな。勝手に戦線離脱したり、奇声を上げながら敵味方かまわず襲いかかったり碌なことしねえんだよ」
その上、本人はその間のことをさっぱり覚えていないとくる。
ドイルはなおも冷静に、まるで悪魔憑きですね、などと本を開くセーフの手元を見るともなく見下ろす。
「東洋には幽霊の正体見たり枯れ尾花などという言葉があるように、生きた人間が見るそれは錯覚である場合がほとんどですがアンデッドの視力なら錯覚などしようもありませんね。ヴィクター兄さんのように薬物を体内で生成し戦闘における緊張や苦痛その他を緩和する作りになっている個体もありますが、そういった個体に限定するならば麻薬による副作用として起こる強迫観念による一種の幻覚・幻聴……」
「セーフ。クスリを仕込んでない奴も見るらしいんだ」
「そうですか。では薬が原因とは限りませんね」
言いながら次の資料を探しにまた本棚のほうへ足を運ぶ。こんなことを繰り返してて気を病んだりしないのだろうか、とつくづく心配するドイルだが、何度訪れてもセーフ自身は特に変わる様子もない。
「これは他国の技術ですので詳しいことはまだつかめていませんが、ESPによる人体の浮遊、霊体あるいは精神体の乖離実験の記録ならあります。この技術にまつわるものかもしれませんが、精神や霊体といったものが視認できるものかと言われると――」
不意に、言葉が途切れた。
* *
聞いているんだかいないんだか、ベルは目を閉じたままショゥラの言葉にうなずくこともしなかった。
「でさ、いきなり変な言動をしたやつとか、いきなり夜中にどっか行って、道の真ん中にぼーっと立ってたり。ひどいときにはこっちに攻撃してきたりな、それでそいつらが言うんだよ、幽霊みたいなのを見たって」
彼のほうをようやく見たかと思うと、ベルは無遠慮に相手を指さした。
「俺? いや、あー」
一瞬目をそらし、それから「……一回だけ」と唇をとがらせる。あまり思い出したくないことなのかもしれない。
「南米で、オペラハウスの制圧中だった。うっすら人が立っててよ。目が合った。それで、気がついたら戦場からずっと離れた海辺に立ってたんだ。親父から大目玉食らった」
光のない目が窓のほうを向く。
視線は町の明かりの向こうにある墓地に向けられているらしかった。低いところでゆらゆら揺れる町の明かり。さざめくように響く子どもたちの笑い声。
ショゥラにしてみれば。
他のものはさておきスーやベルが同じようにとりつかれて(?)いたらぬことをするのはなかなか恐ろしいことに思えるのだ。へたに一芸に秀でているだけに、もし敵対行動など取られた日には一人で収められる気がしない。
結局、夕方まで張った限り墓荒しのような奴は現れなかった。
ベルの指が時計を指さす。
「ああ。犯人がいるならば夜のほうが目は高いな」
ユゥを寝室に置いて戻ってきたスーの声に、ショゥラはまたむっと顔をしかめた。
「だがその幽霊という奴も夜のほうが出現率は高くてな。困ったことに。
それとショゥラの説明には抜けがある。墓は荒らされたわけではない。内側から棺をたたき割ったような形跡があった、が、ネクロマンシーによるものではない……わかるな? アンデッドにするためにはそのための処置が必要になるはずだ」
「だから、親父――隊長が原因のほうを調べてる」
とんとん、とひときわ大きくベルのひとさし指がテーブルをたたき、そのまま窓へ向く。その下へ。
ゆらゆらと低い位置に揺れる灯り。
今夜は大人も子どもも持っているであろうジャック・オー・ランタン、宴もたけなわのハロウィンパーティー。
がたん、と勢い余って立ち上がった足をテーブルにぶつける。ショゥラが対戦車ライフルを取り上げるより早く、スーが窓に足をかけていた。
「お前はそこでユゥを見ていろ」
「はあ?」
「それと、今から起きてくるものの狙撃だ。それはショゥラにしかできん」
示し合わせるように投げ渡された狙撃銃とベルとを見比べ「旦那だってできるじゃん!」
「いずれにせよ指揮官は全体を見渡せる場所にいるものだ。慣れろよ」
言い捨ててひらりと窓から飛び降りる。ベルも同じく行ってしまうと、一度身を乗り出すように下を見て、それから壁を蹴りつけた。
「なんだよ!」
「悪いな。あの二人に何かあったら私は兄上と隊長に合わす顔がなくなってしまう」
ベルはいかにも不遜な物言いでそんなことを言うスーの渋面に、苦笑いして親指を立ててみせるのだった。じわじわと、町の端から恐慌が広がりつつあった。
* *
「いくつかのオペラハウスで人格の強制転移実験なるものが行われたと聞きます。それもきわめて大規模な」
「大規模っていうと?」
「町一つ分ほど、になるでしょうか」
検索作業は書籍からコンピュータに移動していた。しばらくはセーフの手元を眺めていたドイルだが、そうそうに疲れてよそを向いている。
「ESP開発に伴う自我の拡大実験の副産物とでも言いましょうか、平たく言えばシンさんの試みと似ていますが失敗したらしいですね」
セーフに引っ張られて画面に視線を戻したドイル、示された地点を見るや「お、幽霊騒ぎの場所と一致してる」
「そういうことです」
いわく、その周辺で転移に失敗した自我が入れ物を求めて墓の中、あるいはその辺を歩いている死人に入って、混乱のままに動き、あるいは精神に恐慌をきたした。
もともと別な自我を入れられているアンデッドはともかくとして、量産されただ指示の通りに動くばかりの自我のないアンデッドや、墓の中の死体が自我の形成に失敗し人を襲って食らうゾンビになる。
「食い殺されれば死体ですから、当然そこにも自我が不完全なままあなたたちの言う幽霊が入り込むことになります」
言いながら手元では治療の道具を確かめながら鞄に詰め込む。
「アンデッドを動かすには粘菌コンピュータが。そしてサイバネティクスに用いられるナノマシン。それらが墓の中の死体にも残っているとすれば、考え得る原因は」
「粘菌やナノマシンによる自我への不正アクセスか。それが死人を墓から連れて行く――」
「今夜はハロウィンでしたね。死者がうろついてもだれもわからない……わかるかもしれませんが」
「冗談じゃないぞ!」
アンドフに連絡を入れて示された場所へ生きた兵士を派遣するよう手配し、通信機をしまい直したドイルは真横を大股に通り抜けるセーフの背中を追って歩き出す。
表に駐めていたバイクにまたがるのを見る。きまじめなしかめっ面にドイルの乗ってきたモンスターマシンはアンバランスもいいところである。
「お前行くの?」
「スーさんとショゥラさんが対応しているところはいいでしょう。まず間に合わないところから行きます。とばしてください」
「ずいぶんとまぁ行動的になって……まァそうなるよな」
などと苦笑いしつつ、自分もまたがってハンドルを握った。長い夜になるな、とそのつぶやきだけを置き去りに、エンジンがごうと吼えた。
* *
悲鳴と歓声。その何割がゾンビに襲われたものの悲鳴で、何割が祭りに浮かれ騒ぐ声だろう。時折ひらめくマズルフラッシュにもどれだけが気づいているんだか、墓から出てくるものをすべて狙撃銃で撃ってしまうと、本当にやることがなくなってしまった。
ふと。
スーの手がユゥの髪をなでている様を思い浮かべる。ベルに手を引かれ、なんの心配もせず眠たげにしていたあのこども。
今も何の心配もせず隣で眠っているであろうあの、こどものことを。
街路を見下ろす。スコープ越しでなくてもパレードはよく見える。町の中に拠点をかまえる提案をしたのはスーであった。
案外、もとから想定はしていたのかもしれない。
彼の中にはまだ例のネクロマンサーの意識が残っていて――窓枠を握りしめていた手を離す。
青年の手はコンバットナイフをもてあそびながら寝室につながる扉を開いた。
電気のついていない室内もアンデッドの目にはよく見通せる。どこに彼女が寝ているか、それから――
幼い少女を後ろから絞め殺そうとした腕をいち早く重たい銃弾が吹き飛ばす。二発目は頭を。後ろから足にぶつかってきた狼少年に笑いかけて飴玉を落とし、走る。
刻限は祭りが終わるまでだ。祭りが終わって人の波が引いてしまったら、かえって騒ぎになる。弾を込め直し、スコープは別で動かしたほうが良いと脳が結論を出すと、ベルは右目を覆っていた眼帯をむしり取った。
スーの独壇場と言って良い。ほとんどのゾンビはステレオタイプのゾンビ、レギオンのそれと変わらぬ動きであった。特別に早いわけでもなければ、特別に力強くもなく。となれば、通りに出たものを物陰に蹴り込んで頭を砕く。その脚はすぐさま次の獲物を見つけて石畳を砕く。跳ぶがごとく。路地に今度こそは物言わぬ死体の山が積み上がっていく。
* *
通信機の向こうで、スーはこともなげに応えた。
「ベルが? 奴はとりつかれたりはすまいよ。だからショゥラでなくベルのほうを町に出したのだ」
「死んでるって決めてるからか、頑固な奴だよな」
エンジンに負けじと声を張り上げながら。
ドイルはようやく二十二番要塞に戻ったバイクを駐めて、ハンドルに体をもたせかけた。血と肉片で汚れた車体をこれから洗って帰ることを考えると疲れを知らぬアンデッドの体もいつもよりは重たく感じられる。
その無茶を強いた当人は、後ろで自分の無茶の後始末をしているところであった。
「アンデッドは結局アンデッドか」
「心が死んでいようといまいとな、死んでいると心に決めていればこそ」
皮肉なものだ、と笑みを含ますスーの声に、ドイルもさみしげな笑いで応えた。
一通りの仕事と後始末を終えて二人が戻ったのは朝方になってからであった。
スーとベルは戻るなりソファでふて寝しているショゥラを見ると顔を見合わせて苦笑する。ユゥを起こしに行くベルを見送って、スーはショゥラの肩をゆすった。
「起きろ。何を拗ねているんだ」
「拗ねてねえし。子守させられたこととか全然根に持ってませんし」
「持ってるじゃないか」
しょうがない奴だと笑いながらソファに腰をかけるスーの隣で、ようやく彼も体を起こす。
「よくあのガキの子守させようなんて思ったよな俺に」
「信頼というやつだ。なんだ、妹同然の子であっても苦手か」
「冗談じゃねえよ、女なんて碌なことされた試しがない。何かされる前に殺してやろうかと思った」
大げさなジェスチャーでコンバットナイフ片手に背もたれへ倒れ込む。大きくスプリングが軋むついでに、隣でスーの矮躯が弾むのを見て少しだけ機嫌をなおすショゥラであった。
「……で、目障りなお嬢さんを貴様はどうして殺さなかったのかね」
スーの、あるいはこれもシンのほうだったろうか。
彼の問いかけに、いくばくか視線をさまよわせてから、青年はふんと鼻をならした。握りっぱなしのてのひらからくしゃくしゃの紙を落とす。広げるとつたない文字で「おにいちゃんのぶん」
拾い上げたスーの視線から逃げるように目を瞑って腕組みし、なおも釈然としない口ぶりで答えるのだった。
「テーブルにメモと一緒にプリンが置いてあったから」
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