今年最後の晩餐に
君はこの世界がそもそも作り物だと感じたことはない? 自分は期待された通り自滅に向かって走り続けるいびつなヒーローを演じていて、あと七年で滅ぶ世界はこの舞台の賞味期限だと。
どこぞのカルトが流しているこの七面倒な電波の出所を突き止めて叩き潰してほしいという依頼が、今年最後の仕事になる予定であった。仕事の後もそれについてしつこく意見を求めてくる探偵の頭をミンチにする必要がなければ。
「セリフでメタ構造を語る物語なんかたいてい駄作ですよ」
舌打ちまじりに言うと、
「ええ、物語とか読むんだ!」
などとさらに神経を逆なでする。彼女はもう一度露骨に舌打ちして、椅子に腰を下ろした。自宅に戻ったのに、わざわざまた事務所へ戻ってきたのだった。通信をどれだけ打ち切っても「一人じゃ寂しいよ~?」といかにも心配しているような口ぶりで何度もつなぎ直してくる手合いだ。どちらにしろ気が狂うなら、いつでもぶち殺せる場所で狂うほうがいくらかマシってものだ。
NNは自分の好みなどお構いなしに整えられた食卓をげんなりした顔つきで眺め、ふと、それがいつもに比べていくらか豪勢であることに気づいた。
「また何かのイベントですか」
クリスマスだとかバレンタインだとかハロウィンだとかいうのと同じように?
「大晦日ってやつらしいよ~」
「それは今日しなきゃいけないものですか」
「明日は明日で元旦っていって」
言葉の途中でネットの出典を確かめながら、NNは頭をかかえて大きくため息をついた。
「いまどき好きこのんでやる人そうそういませんが」
「バレた~? でもイベントを楽しむ余裕」
ずばん、と音を立てて男の顔は頭ごとはじけ飛んだ。食卓を血と肉片が新たに彩るのを眺めて座りなおす。帰ればまたあの鬼のような通信が追いすがってくるのだ。
「冗談はおいといてさ、貴重だからね~、一年の終わりは」
「は」
疑問と揶揄を交えた切り返しに特別気を悪くする様子もなく、彼は淡々と自分の椅子を引いて座る。スープに落ちた血が黒く渦をまいていた。
「最後の晩餐ってかんじがしてロマンチックだろ?」
「悪趣味ですね」
目の前に並んだ平たいパンとワインを見下ろす瞳が、いかにも不機嫌に細められる。ワインは私の血、パンは私の肉。
この日この食卓で晩餐をともにするものは――
パンを押し流すようにワインを飲み干す。血の気の引いた助手の顔を、探偵は向かいに肘をついてにこにこと眺めている。最後の晩餐を調べてつかんだ文字列を押しのけた手が、ゆるゆると口を覆って逆流したものを飲み下す。その体と同じように、性根まで腐り切ったクソ野郎。目が口ほどにえげつない罵倒を飛ばすのを、ニルギリはいかにも待っていましたとばかりに見返して笑ってみせるのだった。
テーブルにたたきつけたグラスが割れたのはご愛敬で、ようやく吐き気をすべて飲みこむ。負けず嫌いもここまでくればいっそ悲愴だ。冷え切ったスープも肉も、結局大方はニルギリの腹に収まってしまうのだろう。
「水あったほうがいい?」
「結構です」
「そう?」
「悪趣味だ」
「いつだって新鮮な気持ちでいたいでしょ?」
取り上げたライフルがその男の横面を殴り飛ばした。椅子から転げ落ちた彼の胴体にありったけの銃弾を撃ち込んで、再生を待ってから馬乗りに殴りつける。一度大きく喘いだ口は歯を食いしばり、ニルギリの顔が原型をとどめていることに激昂してさらに殴る。自分がこの男の期待通りに動いていることなどどうでもよくなる。
期待通りに食卓へ上がり、期待通りに鮮度を保ったその激情をもって指の先から開かれ貪られているような錯覚に怯えて、こぶしを振り下ろす手が止まらない。
食卓は床にうずくまる二人の後ろに、まるで影のようにそびえている。
「冷めてもおいしい料理と、そうでないものがあるでしょ」
ニルギリは仮眠室から戻ってくると、遅れてきた友人にそううそぶいた。
「よく飽きねーなとは思ってたけどね。ほんとサイテーだなお前」
「あの子にもよく言われる~」などと照れてみせるのをよそに、ホロコーストは七面鳥の足をつかんでかじりついた。またぞろ台所へ向かう探偵の背中を見送り、大きな皿を抱えて戻ってくるのを眺める。
「魚じゃん」
「出すまでもなかったよ~。食べる?」
「助手ちゃんが起きてきたら俺まで殺られんじゃんこえー」
言いつつもフォークでテーブルをたたいて催促する。行儀の悪さにだけちょっと眉をよせ、ニルギリは改めてテーブルの中央に皿を置いた。
ホロコーストは、リヴァイアサンの賞味期限を更新する手間を考えながら、
「料理の腕だけは適わねえ」
冗談口に言うのだった。
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