午前二時のハンドメイド
午前二時ちょうどに丁字路に立つと、ARを通した明かりという明かりがすべて真っ赤になる。
そんな与太話を見かけるようになったのはここ数ヶ月ほどのことだ。丁字路であればどこの丁字路でもいいとくる。ネットにはアリエスにあるすべての丁字路を訪れて検証した馬鹿者もいるらしい。
ただ街灯やネオン、室内から漏れる明かりにヴィークルのライト、そういった光のすべてが真っ赤になる。それ以外の不具合は一切ないというのだから謎は深まるばかり、と楽しげにうそぶくのがあの探偵だ。
謎という言葉に嫌な気分で振り返ったところに、
「見に行ってみようか!」
言うと思った。
何が悲しくてこんな寒空の下を歩かねばならないのだか。ふっとどじを踏んで居なくなる男でさえなかったら、わざわざついてきたりしなかった。
殺してでも事務所に閉じこめときゃいいじゃないかと言われたことはあるが、弾が切れればさっさと起きあがって出かける手合いに何をしたって無駄なのだ。
「ところで一時期、っていってももうすごい昔の話になるんだけどさ、最終戦争よりも前くらい?」
唐突なおしゃべりもまた、いつものことだった。
「ネットが生活に浸透したての頃くらいにねー、ミーム汚染系の怪談が流行ったんだって」
「怪談?」
「そう。ほらお化けとか、隣の人は何する人ぞーとか……あ、わかんないか」
「怖い話でしょう、要は」
「そうそう! よく見るものに無意識に刷り込みがなされて、そういうふうに認識が書き換わっちゃうってやつ」
曇った冬の空の下で、うそ寒い話を大げさな身振り手振りを交えて話す。探偵の横を通り過ぎる。大きく息を吐くと、空気が白く濁って消えた。
行き止まりだ。広告の下に延びる、ARの案内灯が終点で点滅していた。
「二時ジャストだ」
思わず目をすがめた。
一面の赤。案内灯から広告の明かり、街灯の一つとしてもとの色を残すものはない。
「なんですかこれ」
「不思議だね」
ちょっとした遊びのつもりだったんだけど。
探偵はそう言って笑った。
「全部の丁字路を回っちゃった彼には申し訳ないことをしたなーって」
後日、町に緑色の塗料をぶちまけて回った男が捕まって話題になった。アリエスの丁字路をすべて回った後から、赤以外の色が目に入らなくなったのだという。
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