間隙に散る


 形だけの懺悔をきいて、テロリストの頭を吹き飛ばす。彼がそれをする間、ラナはじっと目を閉じてルドラの操縦席にもたれかかっている。
 唯一その瞬間だけ、フロイントは彼女のことをかえりみない。
 こつこつとルドラの足をたたく音に、ようやくラナは目を開いた。
「終わったよ。帰ろうか」
「うん。だいじょうぶですか〜、フロイントさん。お疲れなら乗せていきますけど」
「いいってば。恥ずかしいじゃないか」
 ずりずりと引きずるコンテナが重たい音を立てる。依頼人から報酬としてもらった「珍しい火薬」。坊主が気に入るかわからないが、この時期に使うもんじゃないから。元ニンジャの職人はそんなことを言ってそれをコンテナごと彼女に押し付けたのだった。
 並んで歩くと、歩幅はさすがにメルカバのほうが大きい。深夜のアッパータウンは静まり返っている。遠くにいまだ騒々しく明かりのさざめくダウンタウンとは大違いだ。ぐるりと周囲を見渡せば、しかし寝静まっているふうでもない。珍しいことに。
 どこもかしこも日常かと思えば、中流の善良な市民がひっそりと非日常を営んでいるのはなんだか不思議な気分だ。自分たちはいつも通りだというのに。
「どうかした?」
「あ、いいえー。今日って、なんか特別な日だっけなーって」
「今日? ああ」
 合点がいったふうな声で「一年の終わりだからね。ちょっと変わったふうに過ごす人もいるそうだよ」
「へえー」
 ラナは関連する情報を眼前にならべてみて、得心したふうな声を出す。自分からしたら年の暮れも明けもなく同じことの繰り返しで、年齢だってまあこのくらいだろうという概算だ。
「一年とかちゃんと区切ってありますもんねえ、そういえば」
 思えばそこに意味を見出したことなんかなかった。ふと、「フロイントさんと会ったのっていつ?」
「えっ」
 予期せぬ問いに、うろたえた声が返ってくる。
「あっえっと、いつだっけ?」
「えー、薄情者ォ」
 あたふたするフロイントを笑う一方、自分のうかつさにもやや落胆を隠せない。ふとルドラの足が止まる。
「あ、フロイントさん、そしたらなんかいつもと違うことしません?」

   ***

 どん、という音は思ったよりもよく響く。ダウンタウンの喧騒さえ一瞬静まりかえるほどだ。
 続けざまに、夜空に大輪の花が咲いては消える。散るような形にも見える。音に驚いて聖ディケンズ教会から転がり出てきたちびっこたちが、それを見上げてルドラの足元できゃあきゃあと騒ぎ立てていた。
「いやすごいなあ。打ち上げ花火っていうんだそうですよ〜」
「ルドラにランチャー持たせて打ち上げるのは危険だと思うよ……」
 おろおろするフロイントの心配は笑って流しながら、もう一つ打ち上げる。青と緑の火花がぱっと寒空に咲いて、弧を描くように降り注ぐ。
「これニンジャのおっちゃんが作ったんだって。器用なもんだなあ」
「何発上げるんだい」
「百八?」
「多いね!?」
「なんか、それくらい打ち上げるといいとか? ん、なんかとまざってるかな?」
「たぶん」
「いいでしょー、きれいだし」
 どん、と何度目かの轟音に、子供たちがわあわあ言いながら耳をふさぎ、空を見上げる。遅れてきたシスターが、珍しく年相応に子供の顔で空を見た。周囲のお祭り騒ぎも、いつものそれとはやや色を変えて、屋根の上にもちらほら人の影が見え始める。
「火薬をこーんな無駄に使うの、ちょっとスカッとしません?」
 眼鏡の奥で、フロイントがその目をすがめた。
「なるほど」
 硝子の表面を流れるように、赤い光が筋を描く。
「ゲージュツって無駄遣いですね」
「無駄かな?」
「無駄ですよー」
 言いつつも、花火を打ち上げる手は止まらない。これで二十ほどは打ち上げただろうか。うっとりと目を細め。
「無駄って、綺麗だ」
 彼女の言いたいことは、どことなく彼にも伝わったろう。周囲で上がる歓声とともに。
 これから積み重ねる無駄な時間のさきがけに、老いた指で編まれた花が、空に解かれていく様を見る。
 こうして合間に無駄な時間を過ごせる相手がいるのなら、たしかに時間や季節の区切りにも意味があるのだろう。ラナは打ち上げをすべてルドラに任せてしまうと、操縦席に背中を預けて、大きく開いた入り口から空を見上げた。
 打ち上げ花火の轟音に隠れて、ドラグノフが空の薬莢を吐いた。
 百八の花がすべて散ったころには、追ってきた残党にも片が付く。ラナは次の花火を目に焼き付けると、また目を閉じた。
 銃声がそこに混じらなくなるまで。