台無しの百合


 神様は不公平だ。
 冷たい手を握りしめて、そうつぶやいた、ような気がする。相手にとってはどんな言葉ももう意味を成さないのだ。私が、何を言ったって。

 お忍びで歩く国境の町で私たちは出会ったのだった。彼女は旅行者の出で立ちで、まるで男みたいな格好をしていた。何でも、戦で荒れた隣の国から難民として流れてきたのだそうだ。
 働き口をさがしているがなかなか決まらない、世知辛いね、などと楽観的な顔つきで言うのだった。
 結局日雇いの肉体労働におちついた彼女は、見た目の通りそこそこにたくましい人らしかった。もともとそういう仕事だったの、と聞けば、ちょっとね、などと笑って見せる。
 ちょっとね、の笑顔が、実は結構好きだった。
 仲良くなれると思った。私の言う言葉も彼女には言葉通りに伝わったし、私のことを彼女は知らなくて、彼女のことを私は知らない。ああ、適度な距離感ってこういうのだ、なんてしみじみ考えたのを覚えているんだ。
 とはいえ、忍んで歩けるのもそろそろあと数日。隣の国の動きが怪しいと父がぼやいているのを横目に、私は町へ出かけるのだった。
 土嚢を積んだ車を引いている彼女に会って他愛もない話をする。何事もなかったような会話のあと、何事もなく別れて、きっともう会えないのだ――とてもさみしく感じた。
 対等に友人をしてくれたのは彼女だけだったから。
 ふと、彼女の表情が陰るのを、そんなときだから、私は見逃せなかった。私の腕を引いて耳元に顔を寄せた彼女は、驚いて体を引こうとした肩をつかんで「ここはそろそろ陥落してしまうよ。だから私についてきてほしい」
 ぎょっとして体を硬くした私に、彼女は例の「ちょっとね」の笑顔を向けて言った。
「ひいきかなあ。でも、私けっこう君のこと好きだからさ」
 対等な友達みたいなの、初めてできたんだよね。
 なんて、私みたいなことを言うのだった。

 彼女からは何一つ聞き出せなかったから、きっとこの町は捨てられるだろう。向こうに行った間諜も帰ってこないようだし。
 私は上からぶらさがった彼女の手をそっとなでて、離れた。丁寧な仕事をしたつもりだけど、もとのたくましくて優美な体の線は台無しにしてしまったことを思ってまた涙が出てくる。
 子供のように泣きじゃくって何を言っても、彼女にはもう届かないし、たぶん届いても答えてはくれないのだろう。
 それでも――
「もう少し君を知りたかった」