夜宴
永い後日談のネクロニカ/トオリャンセ
過ぎた自己犠牲のひと。
虚に対する実花の評価は一貫してそういうものであった。皿に載った金平糖が少なくなるとそっと手を引き、遊びに夢中になって帰りが遅くなると、「私がつい引き留めてしまって」なんて口をついて出てくる、そういう子。
お姉さんぶっているわけでなく、逆になにか、そういうときはおびえている風にさえ見えるのだった。
見張りは交代でやりましょう。
村を出てからというもの、変異生物や、勝手に動き回る機械にたびたび(といっても、そう多くはないのだけど)遭遇することがあった。気分だけでも休息を取るため旅の合間に眠ってみたりしていた姉妹だが、これは看過できるものではない。無防備なときに遭遇すれば全員が今度こそ「死んで」しまう。
それで、そんな提案をしたのが虚であった。
いまのところそれが有効であったためしはない。ずっとない方がいいとはいうものの。
閑散とした夜道、どこかの廃村へ入ったらしく、今夜は眠る場所にはひとまず困らない。月の明かりがあればいいものを、なんてまた軽口をたたきながら床についたのがざっと五時間前。
背後で音もなく襖が開いたことに気づいて、虚の触覚が小さく揺れた。
「虚ちゃーん」
そういうとき出てくるのは、だいたい実花である。気まずい顔で振り返る彼女の顔を上からのぞき込み、実花は半開きのジト目でもって相手を見つめる。彼女なりの意義申し立てであった。
「あ、あう……な、なんでしょうか」
「交代は三時間だったよねー。なーんで、あんなにー、月がかたむいてるんでしょうーか」
「えっと、それは……みなさん気持ちよさそうに寝ていましたから……」
「そうじゃあー、ないでしょ」
「ご、ごめんなさい」
しゅんと肩を落として、こころなしふさふさした触覚までが下を向いてしぼんでしまったように見える。いつも、実花はそれを見ると小さくため息をついてそれ以上の追求をしなくなった。
そそくさと戻る虚を止めず、そのまま実花が続きの番をし、きっかり三時間後に別な姉妹を起こしにいく、というのが常であった。が。
ぐいと、戻りかけの虚の手首を引く。木彫りの間接が軋むのを怖がるように、実花はすぐに手を離してしまう。
「どうせだしー、すこしつきあってよー」
どこで拾ったのか、酒の瓶など持ち上げて見せるのだった。
「お酒は……」
「年齢なんかー、今は関係ないでしょ。アレだよほらー、神様だしー?」
言いながら手酌で豪快に飲み干した、かと思うと体を折り曲げて激しくせき込んだ。
「さ、実花?」
「んっ、辛ッ」
「……」
あきれた様子でふと笑みを作り、虚は改めてそこに座り直す。実花の帯を踏まないように少し避けながら。
「月が出てればって、もしかしてそういう意味だったんですか?」
「いいねえ、月見て一杯。ぼくはー、花札のほうが好きかなー」
「花札ですか。探したら残っているかしら」
「あったらー、いいねえ。このメンツならー、おもしろいよ、きっと」
間延びした声のまにまに、今度はなれた様子で手酌の酒をちびちび飲み始める。思いつきで虚のほうへ瓶を差し出すと、彼女は少し間を空けて、意を決したように両手で皿を作った。
実花が注いだ酒を、先に見たのと同じく一気に流し込んだかと思うと、すんなりと飲み干してしまう。
実花が目を丸くしているのを見て、年下の巫女はいたずらっぽく笑った。
「戯れによくご一緒したので」
「ええー、なんだ」
「せき込むと思いましたか?」
「そりゃーもう、盛大に」
頬を膨らませて残念アピールをする実花に笑いながら酌をしてもらい、二杯目を飲み干す。
屈託なく笑う虚は外見相応に幼く見えた。
「こんなに楽しくお酒を飲んだのは、初めてですけれど」
「そりゃー、よかった」
縁に座ったまま、濃い灰色の夜空を見上げる。
月でもでていればこの笑顔はなおのこと映えたろう。欲を言えば彩登や結子、結名のために太陽もほしいところだが。虚のふわふわした雰囲気には、月影のさやさやした光がよく合うことだろう。
「いつもそうして笑っていなよ」
三杯目を飲み干した虚、出し抜けにまじめな声をかけられてせき込んだ。
「あっ、な、何言い出すんですか」
「おや? え? こーいうのに弱いの、まじでー?」
実花はなんでもないよー、と頭をやや乱暴になで回し、答えを濁すことにした。
そのうち彼女もわかるだろう。今一緒にいる友達を相手におびえなくたっていいことくらい。説得するよりなれ合うほうが易い場合だってあるのだから。
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