二人の世界の外側で
永い後日談のネクロニカ/酷白遊戯
一人、何もない場所にぽつねんと立っている夢を見る。
目を覚ます。隣に寝ているメシアを起こさないように、ベッドから立ち上がってぞんざいに服を羽織る。窓のほうに目をむけても、明かりの具合から時刻はうかがえない。
締め切ったカーテンは分厚くて、濁った空からいっさいの光を遮断してしまう。色素の薄い彼女は真っ暗な室内にこそ色を持って存在する、ように見える。真っ白な腕が今も手をまねくようにこちらを向いていた。
羽が引っかからないように注意して扉をくぐり、やっぱり音を立てないように階下を目指す。
「よう。今朝は早いな」
「うん。おはよう」
「おはよう」
食堂には、すでにサイとペイルが座って食事をとっていた。久々に見たペイルは基本パーツのついたふつうの女の子の外見だ。サイがぼくをみてうげっという顔をするので、あえて挨拶以上の言葉は交わさずに調理場へ向かう。
「……レス?」
「うん」
二人分の食事を載せたトレーを持って出て行くと、遠慮がちにサイの声がする。振り返ると、彼女は寄る辺なく視線をさまよわせながら、耳をせわしく動かしていた。
「どうかした?」
「あ、や、大した用ないねん、ただ、最近メシア連れてへんなーって」
「ああ、うん、早く起きた方が食事持って行くんだ」
たどたどしい切り返しにちょっと笑ってしまう。表情がすさんでいるように見えたけど、どうも根っこは変わらない。
「そんなこといってどーせ無理に早起きしてんだろ?」
「鋭いね。メシアが出て行くのは不安なんだ」
「うわ……」
自分で話題をふっておいてどん引きするペイルとの間でサイがおろおろと手をさまよわせ、すぐに膝の上に握り拳をつくる。
「じゃ、こっちじゃ食事、」
「してもいいね。もっとも、あまり人がそろわないみたいですけど」
「せやな……みんなやることあるからな」
「……」
あからさまに落胆するサイの顔に影がさす。そういえば、ここはわりかし光量がある。窓も大きいし、カーテンはいつも開きっぱなしなのだ。いつも濁った曇り空といえど、朝昼は明るい。
トレーをおいて、彼女の向かいに座ることにした。わたしがこうして思いつきで行動するのはいつものことなので、相手も今更おどろかない。
「そろそろ一ヶ月経つね」
「ああ、ご褒美部屋?」
「うん」
「それがどうかしたんか? あ、ルカが出てくるのが気に食わんとか」
口をついて出た言葉の意味を考えて、首を傾げる。
「ううん。にぎやかになるかと思って」
「にぎやかに?」
「うん。起きたときみたいに」
「なんやのそれ。レスは静かなほうが好きかと思うとったわ」
「ぼくもそうかと。でもさいきん」
なにもないところに一人でぽつねんと立っている夢を見る。
四六時中メシアと一緒にいるというのにそんな夢ばかり近頃立て続けに見るの、おかしいよね。おれがつらつらと何も考えずにしゃべるのを、サイはいつのまにか頬杖をついて聴いていた。
「それなあ、単にさみしいだけとちゃうの?」
「なんで?」
「あ、また『メシアがいるのに』って顔しよるな。そうやなくてな、レスはメシアを独占したがるけど、それ周りに人がおらんと意味ないねん」
にやりと笑ってみせるサイのスプーンが、残ったおかずの周りをくるりと一周する。
「せや。結局退屈になって、こうしてメシア以外の奴と話したくなるんやね。うちは役得やけど?」
おれが黙っているのをどうとったのか、サイはそそくさとのこりをかきこんで、トレーを持って立ち上がった。
らしくないことを言ったとでも思ってるんだろうか、顔がなんだか赤い。ペイルはデザートを持ってきて隣でもくもくと片づけている。
「俺が幸せにしてやるってのに」
「未だに片思いなんですね、災難」
「誰のせいだと思ってんの? ねえ?」
軽口をたたき合ってるところを横切って行こうとするサイの袖口を捕まえる。あわてて行こうとしたらしい彼女に若干引きずられるみたいに立ち上がり。
「わ、レス、だいじょぶか?」
「うん。あの」
困惑はうまく隠しつつ、ほくもいすから立ち上がることにする。そもそも今日はあんまり食堂に長居するつもりはなかったのだ。
「次からはメシアもつれてきて、こっちで食べるよ」
うまく伝わっただろうか。
不安になって見上げてみると、ぱっと明るく笑うサイの顔があった。
「そっかそっか! なら時間決めとこうな!」
そうきりかえしてくしゃりと一回だけほくの頭をなでるのだった。
で。
「夕飯は七時にしよ言うたけどそっかー……次からって次の日からかーそっかー」
「元気出せよ……」
朝食の準備を手伝おうと早起きしたレスがヤケ酒のすえ食堂のテーブルに突っ伏したサイを見つけるのは翌日の朝のことだ。
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