生き人形の話

インセイン/ドールズ・パーティー


 日本でできた友人に、「折り紙」の仕方を習った。
 安田というのは八代智也の大学にいる教授で、彼を通して知り合った。智也に誘われて大学を訪れ、なんとなく一緒に話をする間、暇さえあればキャンディーの包み紙からでも小さな鶴を作ってみせた。
「カールさん、ほんとこういうの好きなんだなあ。人形遣いの森の警備も楽しいだろ」
「好きデスよー。和人形、思ったより個性ありマス、見ててとても楽しい」
「そうかい。あ、じゃあこんなのどう?」
 彼はいうなり割り箸の紙袋を破き、器用にはさみで切ったり折ったりを繰り返し、つまようじにくるくると巻き付けた。終わる頃には着物の形だとわかった。余った紙をマジックで黒く塗って小さく切り、突き出た上部に巻き付け、チョコの包みを赤いところだけ切り取って帯の部分を作る。
「姉様人形ですネ!」
「なんだ、知ってたのか」
「いーえ、名前と形だけ、爪楊枝使うのデスネ」
「いや、和紙とかでも作るけど。ばあちゃんの作り方そこまで詳しく覚えてなくてなあ」
 縦長の薄い人形を指先でもてあそびながら、安田はふうとため息をついた。
「お婆サン大好きなのですネ」
「ん? あっ、ばかそういうんじゃねえよ。うち家族が女ばっかだからさ」
 暑くもないのに手で顔を仰ぎながら、彼は困り笑いで目をそらした。

 インターネットで紙人形の作り方を調べ始めると、意外にたくさんあるもので。
 カールが見よう見まねで作ってみようと買って行ったた千代紙を見て、安田が「うちに来て作らないか」と声をかけたのが先日のことだ。祖母の影響か、母が趣味でそのての本を買っているというので、彼は喜々としてその提案に乗ることにした。やっぱり独学より多少知っている人に教えてもらえたほうがいい。
 手みやげになにを持っていこうかと考えあぐね、無難に小さなケーキを数人分買ったところで、安田が後ろから声をかけてくる。
「気にしなくていいのに」
「礼儀は大切ですよ」
「そうかい。外人さんのくせに律儀だな」
 笑いながら歩く背中についていく。駅からはそう離れていないので歩きでいいと言われた通り、十分も歩けば彼の自宅マンションの前であった。
 エレベーターに乗り込んでしまうと駅前の喧噪が嘘のように静まり返る。
「近頃じめじめするよな。カールさんてるてる坊主とか作る?」
「作りますヨ、小さい頃から妹に作らされてたから自信あるよ」
 と笑ってみせると、そいつは結構、と開いたドアから降りる背中に続く。
「ずいぶん高いです、ネ」
 15階とあっただろうか、下の景色を見てほんの少し背筋が冷たくなるのを感じながら早足の安田を追いかける。
「ここまで高いと怖いよなあ」
「全くデス、地震怖くないですか?」
「揺れたときめっちゃ怖いよー。家族もきゃーきゃー騒ぐし」
 でしょうね、と苦笑いしつつ立ち止まった彼が家の鍵を開けるのを待つ。
 ただいまー、と声をかけながら入って靴を脱ぐ彼に続いて中に入ろうとしたカールは、冷たい空気に思わず足を止めた。
「おかえりなさい、本用意しといたよ」と安田の声が続く。奥からいそいそと出てきたのは、小柄で、白髪の混ざるブラウンの髪を後ろでまとめた穏やかな老婦人であった。
「いらっしゃい。まあほんとうに外人さんね」
「どうも。本日はおじゃまいたしマス」
 儀礼的に挨拶をすませて手みやげの箱を渡すと、思っていたより喜んでもらえた様子で。
 思ったより広い玄関に靴を脱いでそろえる。靴箱ないからごめんなさいね、と苦笑いの婦人に勧められて客間へあがると、テーブルにはすでにいくらかのりやハサミが準備してあるのだった。
「妹もまあそのうち帰ってくるでしょうがお気になさらず。っと紙人形の本どこやったっけね母さん」
「そこよ、戸棚の右のほう」とすかさず台所から返事が帰ってくる。片づいた客間で大のおとながそろって折り紙に興じるなんてのも、子供っぽいがなかなか悪くない。夕食までごちそうになったのはさすがに申し訳なく思いつつ「ウチの娘をお嫁にもらってあげてくださいな」なんて冗談口におみやげの紙人形をもらったり。
 わるくない休日であった、とカールには思えた。

「でさでさ、教授んとこ行ったんでしょカールさん、どうだった?」
 安田が席をはずしたのを見計らって、青年の肘がつんつんとカールの横腹をつついた。
「どうって、楽しかったデスよ。お母サンも妹サンもいい人で」
「えっ。ふうん」
 八代智也が真顔になって自分を見ているので、カールは怖くなって思わず周囲を見回した。まだ安田は戻らない。
 青年はカールの借りてきた本にしおり代わりに挟まれた紙人形に視線を注いで、それから目を上げる。
「安田教授の家紙人形だらけだったでしょ? ちがう?」
「え、イエ。なにも。アノ」
「えーっ、マジでー!? カールさんやっべえそれ、ウケる」
 いきなりなにを笑い出すのかと思えば、また目を細めて周囲を確認した後、八代智也はにやりと嗤った。
「安田センセのご家族、五年前に地震で倒れた棚につぶされてみんな死んでんのにナ」
 ひやりと冷たい空気が右腕をなでた。
 なよりとしなだれかかる見知らぬ和装の女がカールの腕に手を絡めてほほえんでいるのを智也はにこにこと眺めているのだった。