パンドラ


「へぇ、プレゼント? 先輩モテるんだぁ」
 貰い物の小箱をいじっていたら、後輩が後ろから覗き込んで笑った。いつもはぶかぶかの詰め襟に埋もれるようにしているが、今日は首の周りにマフラーが詰まっている。
「クリスマスプレゼント? 誰から誰から?」
「元カノ」
「へー。えっ、またフッたんすか」
「ちょっとね、てかお前それ似合わないよ。いい加減やめれば」
「マフラー?」
「ちげーよ」
 指摘するのも面倒になってうちやめ。元カノからもらった箱は掌にすっぽり収まるくらいちいさなものだ。今年のクリスマスは予定もなく。昨日そこの後輩を誘ってはみたがホモだのなんだの腹をかかえて笑い出すのを見てほんとに頭おかしいらしいと悟ったので諦めた。
 そんな俺にいまさら何の用だか、あやめ――俗にいうメンヘラってやつだが、そいつがやたらと付きまとうので話をきいたら、どうしてもクリスマスのプレゼントをもらってほしくて、とこの箱を渡された。
「そーいやコトリバコなんてのがありましたねえ、それだったりして!」
「洒落なんないからやめろよ。俺も怖くて捨てるのも持っとくのも勘弁、だし」
 机に置いたそれを、鍋島の手が取り上げる。コトリバコだったらやばいんじゃないの、と言えば「男にゃ関係ないっしょ」と笑ってながされた。
「だいたい先輩さあ女の子雑に扱いすぎ。ふつーに考えてわかるでしょやっていいことと悪いことくらい。まして手を出した相手の性格くらい考えなきゃさあ。あたしがお腹に子供がいるとか言い出すような子だったらどうするの。あ、あたしは言わないけどね別に。育てろとか重いじゃん? でも思い出は分け合いたいと思ってぇ――」
 投げ捨てる。箱が乾いた音を立てて壁にぶつかり、廊下に転がった。
 さっきまで濁流のように喋りまくっていた鍋島が口を抑えて真っ青な顔をしていた。空いたほうの手が腹のあたりをおさえつけている。
「なべしま……?」
 その後、どんな会話をしたのかは正直覚えていない。少し話してから、後輩はバイトがあるとかでやや急ぎ足に帰ってしまった。それから一週間、くらいだろうか、学校を休んだみたいだけど。

 なんで今さらそんな以前のことを思い出したのか。発端は今日の昼だ。
 妻が十一ヶ月の妊娠を経て、子供が子宮ごとだめになったと報せをうけた。
 そういやあの箱いまどこにあるんだろう。首を吊った妻の死体の前でぼんやりとそんなことを考えていた。