並行トランス


 同い年の妹が死んだ。
 血を分けたわたしの半身だった。成長すれば個性やプライベートなんてものも多少は出てくるが、それをふまえても仲の良い姉妹だったとみんな言うし、わたしだってそう思ってる。学校も好きな科目も嫌いな料理も全部おんなじだったのに、職場だけが違った。
 駅近くのカフェで待ち合わせして一緒に帰るのが常だった。
 ナオはわたしが待っているあいだに信号無視のトラックに跳ねられて死んだ。

 紙のように白くなった妹の顔を眺めているわたしの袖を、美弥子が引いた。まだ小さなもう一人の妹だ。
「なあに、みぃちゃん」
「まおちゃん、なおちゃんがかえってきましたよ」
「なおちゃん?」
 なおちゃん。そう繰り返してうなずく。棺の中で横になっている彼女のこととは違うらしい。小さな美弥子には、まだ死を理解できないのだと感じた。小さいなりに明晰であってもだ。
 それでもいやにぐいぐいと袖を引いてくるので根負けして立ち上がったわたしを、美弥子は外へ連れだした。ぬるい室内と打って変わって、風は涼しい。腫れた目には若干痛いくらいだ。
 美弥子は飛び石をぴょんぴょん踏みつけながら庭を奥まで進み、生け垣の向こうを示す。
「なおちゃん!」
「あ?」
「あ……?」
 高い声が響くのと同時に忌中の文字をながめていたその人が顔を上げる。
 わたしも相手も、一瞬硬直した後、目を見開いて立ち尽くした。鏡を見るように瓜二つのその顔は今棺の中に横たわっているはずの、しかし間違いなくわたしの妹だった。
「ナオ!」
「マオ?」

「「なんでいきてるの……?」」

 全く同じタイミングで全く同じ言葉が、多分全く違う意味を伴って二人のあいだにぶつかって、落ちた。
 俺は慌てて忌中の文字を確認し、それから目の前のそいつを改めて凝視した。はしゃいでこんなとこまで来たのが間違いだった。
 嫌な汗で体が一気に冷え込むのを感じる。
 マオが一歩こちらへ踏み出すのを皮切りに、背を向けて走りだす。全力で、後ろを振り返ることもせず、叫ぶために吸い込んだ空気が胸に詰まっていやに呼吸を阻害する。
 いや、だって普通に、電車降りたら全然町並みとか違うし、行ってみたら自分の実家のあたりには別な人が住んでんのかなーとか思うわけで、まさか自分の家族、
 足がもつれておもいっきり地面に飛び込んだ。
 ひと目があったら死ぬほど恥ずかしかったところだ。擦りむいた頬を撫でながら後ろを振り返ると、もう誰も追いかけてはこなかった。妙な安心感と同時にまたじんわりと汗がにじむ。毛が逆立つような感覚と一緒に大して入ってない胃の中のものがせり上がってくる。
 寒気と吐き気に耐えかねて石塀に背中をくっつけた俺の目の前に、見慣れた靴下が歩いてきて立ち止まった。
「っへへへ、俺が死ぬなんてこともあるん、うっぷ、うッ」
 このマオに自分から話しかけようとしたのは何年ぶりだろう。
 顔や声なんか無くてもそれが間違いなく血を分けた俺の半身だとわかった。