悲鳴


「さてね。まあ気づいてほしかったのでしょう」
 若い刑事は手を合わせた後、その遺体から目をそらすと眼鏡をかけなおした。

***

「悲鳴がきこえるんですよ」
 悲鳴っすか、と聞き返すと力強くうなずき、あらためて「悲鳴です」と言う。鍋島が神妙な顔で耳を済ましていると、今じゃないです、と笑った。彼女は最近同じシフトに入ったバイト仲間だった。いつも短期間でバイトを転々とする鍋島にとっては珍しく「後輩」ってやつだ。
 外ハネのショートカットがよく似合う、男勝りの女子大生である。
「最近帰り道で、どこからともなく聞こえてくるんです。ほら帰りって夜じゃないですか。ちょっと怖くないですか?」
「事件とかじゃないっすかそれ」
「んー。どうだろ。探すのもなんかヤじゃないです?」
「そうっすね。女の子だし、巻き込まれたら大事ですしね」
 彼女はその返しに苦笑して、品出しに戻ってしまう。そういえば女の子扱いは慣れてないといつも言っていた。その背中を目で追いかけ、鍋島はすぐにレジへ戻ることにした。

 夜道。夜とはいっても繁華街にあるコンビニからの帰り道、周囲はそこそこに賑やかだ。
 くだんの彼女がどうしても一緒に帰って欲しいというので、特に予定もない鍋島は途中まで送ってやることにしたのだった。
 とりとめのない笑い話で盛り上がっていれば彼女の顔も少しは明るくなった。
 人混みに紛れて赤いランプが回っているのを見ると、どちらともなく足を止める。
「あれ、ここ」
「どーかしました?」
「きのうまで悲鳴が――」
 とたん。
 彼女の体ががくがくと震えだした。顔面は蒼白に。警察が人混みを散らしにかかるのをじっと眺める鍋島の隣で絹を裂くような悲鳴が上がる。
 誰も気づかない。
 誰も振り返らない。
「あれー、鍋島くん帰り道こっちだっけ?」
 背後からの声に振り返ると、店を閉めてきたらしい店長が物珍しそうに顔を覗き込んできた。
「今日早いっすね」
「最近ずっとだよ。ホラバイトの子一人来なくなったじゃない、あ、でさっき誰と話してたの?」
「あー。まあ、ひとりごと? 最近ちょっとつかれてまして」