猫の手
「主に田舎でよく聞く噂らしいし知らないのもムリないっす。えー、なんでこんなトカイで出たのかとか俺にもナゾ、ほんとですってば。あー、店長疑ってるっしょー。えっと、田舎っつってもどのへんだったかな、まあいいや。ユニークなおばけが出るっすよ。そいつに『手はいるか』って訊かれる。いらないって返すと手を切り落とされるって。ちなみにいるって答えたら自分の手を切って置いてくらしいっすよ。もらったってどーしよーもないっすけどね。だから俺なんもしてませんってマジで。ホラ先週の水曜めっちゃ忙しかったじゃないすか。んで『手はいるか』って言われたんで同じシフトの誰かかと思ってこう言ったんです、『猫の手も借りたいくらいっすよ(笑)』」
入ってきて一ヶ月のバイトは笑顔を崩さず慣れた手つきで猫の足を片付ける。これが厨房に出現するようになってちょうど一週間である。かといっておばけだなんてバカな話があるものか、私はぴくりとも表情を動かさないそいつを薄気味悪く感じながらその様子を見守っていた。
「でもなァ、ショックっすよ。俺ネコ好きなのにこんなひどいことされちゃあ。鍋島って化け猫じゃないすか、ちょっと親近感あるってーか」
袋に詰められた猫の足。それも白猫。?また?だ、と内心舌打ちした。この男のうさんくささはともかくとしてだ。昨日は黒に白足袋、一昨日は三毛、その前は白。まるで見ていたみたいに「っと、そーだ店長」思考をさえぎるように鍋島の声だ。例の張り付いたような笑みがこちらをまっすぐに見ていた。
「手、かしてくださいよ」
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黒い猫がするりと足に顔をすりつけて行った。鍋島ナオはまんざらでもない顔でそれを見送って、ふと室内を見回した。すでに猫の姿は消え失せていた。また動物霊を拾って来たらしい。
外を、救急車のサイレンが通り過ぎていく。
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起き抜けにスマートフォンを取り上げてニュースを確認した鍋島、ごろりとその場に寝返りをうった。
どうしたの、という彼女の問いに応えて画面を壁に向ける。
バイト先の店長が両手を切り落とされてふらふら歩いているところを保護されたとか搬送先の病院で発狂したとか。
彼の自宅には何十という猫の死骸が転がっていたのだそうだ。
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